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庫裡から悶々
とかくこの世は
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肇道和尚の「如是我聞」





檀林風発
↑読者投稿欄

 花岳山月光院城源寺。住職の私が言うと手前味噌になりますが、随分と風趣に富んだ名前ではありませんか。日本の美を象徴する三要素、雪月花のうちの二つも組み込まれているのですから。花咲き乱れる丘の上の寺は、日が暮れてからも月光に美しい姿を輝かせ、やがて境内には城まで建てられて栄華を誇った……。身勝手に解釈すれば、そんな光景が目に浮かんできます。
 史書によれば、当寺を開山した道蓮社直原大誉上人が亡くなったのが、後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒そうとして失敗した「正中の変」の翌年にあたる一三二五年だそうです。当然、開山はその何年か前のことでしょうが、戦乱が続いた鎌倉時代末期であることは間違いありません。お寺が倒幕勢力に加担するなど仏教が元気な時代でもありました。鎌倉の建長寺、円覚寺、京都の南禅寺などが相次いで創建されたほか、奈良の法隆寺、薬師寺、唐招提寺などが増改築された時期とも重なります。小田原を本拠とした地方豪族の大森氏が築いた花岳城の城郭に三つの寺も建てられ、城源寺はその一つだったとの記録も残されており、名前の由来を裏付けています。
 有為転変を経て八世紀にまたがる歴史を刻んできた当山の軌跡を想うと、感慨深いものがあります。「老舗」の誇りといったものを感じないわけでもありません。檀家の皆様にしても、檀那寺には伝統や由緒がないよりはあった方が良い、とお考えの方も少なくないはずです。
 しかし、大切なのは昨日よりも、明日です。古さで競ったのでは、法隆寺や東大寺には到底敵わないから、というわけではありません。お寺の存在意義は一義的には布教にあるのでしょうが、私は集う人々の心、精神生活に資することも求められているように思うのです。残念ながら明治以降の仏教寺院の多くは、歴史的建造物として名所史跡化するか、葬祭業者に堕ちるかのどちらかの道をたどってきてしまいました。お寺といえば寂しく悲しいイメージが付きまとうようになってしまったのもそのためです。
 本来のお寺は違うはずです。お参りすれば心が清められ、気持ちが弾んでくるような功徳がなければいけません。私は現代のお寺の役割の一つは、出会いの場の提供にあると考えてきました。人と人との結びつき、つまり「情」を育み、培うことができれば、集まってくる人々に何らかの格好でお役に立つことができると思えばこそ、です。檀家以外の市民の参加も得てフォーラムを開催して識者の話を聴く機会を設け、神田紅さんの講談教室を春秋の恒例行事としてきたのも、様々なチャンネルを通じた出会いが生まれることを期待するからです。
 「情」は他人とのつながりばかりではありません。家族の絆を確かめることも、大切な「情」の姿です。生きている人が相手とも限りません。他界した肉親や、顔を見たこともない遠いご先祖との結びつきに思いをめぐらすことも「情」ですし、この「情」を守っていくことこそ、お寺にしか真似のできない務めなのかもしれません。いずれにせよ、皆さんには城源寺を通じて何かの「情」を感じ取っていただきたいのです。当山の名に雪月花の雪が欠けているのは、後進が自らの努力によって加えよ、との教えではないか、と思えてならないのです。城源寺という存在が、集う人々の心の片隅に宿り、喜びや楽しみの源泉となり得た時、初めて汚れない雪の美しさが城源寺を完成させるのではないでしょうか。雪とは、城源寺に集まる皆さんのことです。月か花ではなく雪が課題として残されたのも、儚いことの譬えなのかもしれません。
 城源寺の真価が問われるのはこれからです。皆さんと一緒に明るい明日につながる道を模索しつつ、雪月花の美しさを完成させて参りたいと思います。

住職 古林肇道



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